仙台高等裁判所 昭和63年(ネ)239号 判決 1990年9月27日
控訴人 守屋明
右訴訟代理人弁護士 川原悟
川原眞也
被控訴人 仙台市
右代表者市長 石井亨
右訴訟代理人弁護士 渡邊大司
阿部長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、四〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張は原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
第三 証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求の原因一の事実及び同二の事実のうち、昭和四二年一〇月一二日佐藤主事に対し、控訴人から本件土地に居宅を建築することについての確認申請がなされたことは当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実と《証拠省略》を総合すれば、次のような事実を認めることができる。
1 控訴人は本件宅地に居宅を建築すべく、昭和四二年一〇月一二日法六条一項四号に基づき確認申請をしたが、右申請書添付の図面には、本件土地は幅員四メートルの本件通路に接道する旨の表示がなされていた。
2 右申請を受け付けた佐藤主事は、受付けと同時に仙台市市街図及び都市計画図にあたって調査したが、本件通路がいわゆる一項道路であることの確証が得られなかった。しかし、同主事は同日控訴人のため本件申請書を持参した者が塩釜市建築指導課に勤務する職員であり、かつ同人の説明から本件通路はいわゆる二項道路であって、控訴人は本件土地が二項道路に接道するものとして確認申請に及んでいるものと理解されたことから、本件申請を直ちに確認できないものとして処理することなく、これを一応二項道路に接道するものとして確認申請がなされたものと善解し、これを受け付けることにし、その旨を右職員に告げ、これに合わせて現地確認する必要があるので、法六条三項所定の期限内には確認することはできないこと、なお、とりあえず後退杭を打って置くよう本人に伝えて欲しい旨述べた。
同主事は控訴人に対し、昭和四二年一〇月一三日付で法六条四項の規定する「期限内に確認できない旨の通知書」を発し、かつ右通知書に「敷地前面道路は四M未満なので道路中心から二M後退した線にコンクリート製境界杭を打ち、門・塀・軒先・扉・樹木がある場合も同時に後退させて下さい。」とのスタンプを押捺した。
3 仙台市では昭和二八年四月一六日告示四一号をもって特定行政庁である仙台市長が二項道路についてこれを「幅員四メートル未満、一・八メートル以上の道で現に一般交通の用に使用されているもの」との一般的指定をしていただけであった。
それ故、一般的には当該道が法四二条二項で定める時点(基準時)において二項道路の要件を充足していたかどうかこれを個別、具体的に明示する資料はなく、結局は職員が現地に赴いて基準時当時における当該道の状況を写真、図面、付近住民の説明等に基づいて調査推究する以外にこれを判定する方法はなかった。
4 昭和四二年一〇月当時、本件通路は南北に走る道路の形状をなしていたが、その北側部分は公路(国道四号線)に至る途中において板塀で遮られ、これより東側に折れて北東角にある警察官舎の脇を通って広場(空地)に出、板塀の北側部分には松の木が生え、かつその一部は草むらとなっていた。
また、右公路を挟んで北側には南北に流れる国有の水路(開渠)があり、これが暗渠となって本件通路へと続いていた。
5 佐藤主事は、本件申請のあった数日後に仙台市建築指導課の職員をして現地調査に赴せたが、同職員から本件通路が二項道路に該るかどうか判然としないとの報告を受けたので、自らも二度にわたって現地調査に赴いたが、本件通路の前記状況に鑑みれば、現時点では本件通路が二項道路に該当するかどうかはかなり疑問があり、また、これを二項道路と認定するには、相当の日時を要するものとの心証を得た。すなわち、本件通路の基準時における幅員及び使用状況を明らかにするためには関係資料の調査検討を要するが、特に本件通路内に水路の存することから、水路の位置と形状確定のため付近土地所有者(管理者)の現地立会の必要があると判断された。
6 そこで、佐藤主事はその頃右の事情を控訴人に伝えたが、控訴人は早期に建築確認を得て建築に着工することを強く望んでいたことから、後記設計審査を担当し、職務柄佐藤主事の上司と考えられた同建築指導課の浅野課長に善処方を強く申し入れてきた。
控訴人は、住宅金融公庫から融資を受けて居宅を建築することとし、建築確認申請をする一方、設計審査申請をしていた。右設計審査は、公庫の委任に基づき仙台市建築指導課が担当していたところ、設計審査を担当していた浅野課長は現地の状況につき佐藤主事から概ね報告を受けていたことから、控訴人からの前記申入れに対し、佐藤主事と同様の説明を繰り返えした上、昭和四二年一一月初め頃控訴人に対し、早期に建築確認を得るには、本件土地の西側に隣接する土地の所有者から公路に至る土地部分につき分譲又は使用承諾を得ることにより、本件土地を西側の公路に接道するものとして前記確認申請の内容を改める方法がある旨示唆した(本件行政指導)。
7 控訴人は、本件土地の西側に隣接する土地の所有者である渋谷のぶ子と交渉して、同年一一月一四日同女から原判決別紙図面のとおり控訴人開設道路部分につきこれを使用(居宅の敷地として)することの承諾を得て、同日保証金名下に四〇万円を支払った。
そして、控訴人は居宅の敷地が西側公路に接道する旨本件申請内容を改め、その結果、昭和四二年一一月一七日佐藤主事からこれが一項道路に接道するものとして建築確認を受け、かつ浅野課長から同日付で設計審査の合格通知を受けた。
以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 控訴人は本件通路は二項道路であるから、控訴人からの本件建築確認申請を受け付けた佐藤主事において、すみやかに、建築確認をすべきものであるのに、同主事は一旦は本件通路を二項道路と認定しながら、その後上司である浅野課長の事実上の指示に服して右の認定を覆して建築確認をすることに難色を示したうえ、浅野課長とともに本件土地の西隣の土地につき使用権原を取得し、居宅の敷地を一項道路である西側公路に接道させ、その旨の申請をするよう違法な行政指導をし、これに従った控訴人をして本来無用かつ無益な使用権限取得費用を出捐させ、同額の損害を被らせたものである旨主張する。
1 《証拠省略》によれば、昭和五四年に至り、佐藤捷外三名の者がそれぞれ本件土地の南側の土地にアパートを建築すべく建築確認申請に及んだところ、吉富主事は本件通路を二項道路と認定した上、いずれも昭和五四年五月二五日付で建築確認をしたこと、控訴人は、本件通路が二項道路でないことなどを理由に審査請求を経由したうえで、仙台地方裁判所に建築確認処分取消の行政訴訟(同裁判所昭和五五年(行ウ)第二号)を提起したが、昭和五七年四月一九日すでに建築物が完成している以上、所期の救済目的が現実に達成される見込みがなく、したがって訴の利益はないものとして訴却下の判決を受け、さらに控訴審においても控訴棄却の判決があり、結局同判決は昭和五九年一〇月二六日上告棄却により確定したことが認められる。
2 そして、《証拠省略》によれば、吉富主事は、(1)本件通路が空中写真(昭和二三年一一月及び昭和二二年一〇月撮影)にもとづき作製された地形図上に幅員が二メートル以上ある道路として表示されていること、(2)本件通路の周辺に基準時前からのものと思われる数軒の居宅が建っていることなどから、本件通路は基準時において前記告示の定める二項道路の要件を備えていたものと判定したことが認められる。
3 ところで、《証拠省略》によれば、本件土地の北方にある佐藤平三郎所有建物(同所一番一二外)は、基準時前の昭和二五年一〇月頃に建築されたもので、同人は臨時建物制限規則によって宮城県に対し建物建築に関する届出をしているが、右届出書によれば、建物敷地の東側に幅員四メートルの私道を設けている旨の記載があることが認められ、したがって、右基準時において二項道路の要件を充足する可能性のある道は右私道ということができる。
しかしながら、《証拠省略》によれば、(1)右私道の東側は国有地で警察、裁判所の各官舎が立ち並んでいたが、いずれも右私道の利用とは関係なく建てられたものであったこと、(2)右私道の西側に存在する建物(居宅)のうち、本件土地の南方にある佐藤直之助所有の建物(同所一番二九所在)は、基準時後の昭和二八年二月七日の受付で所有権保存登記がなされており、また、本件土地の北方にある佐藤軍次所有の建物(同所一番一八〇所在)も基準時以後の昭和三八年八月一日新築として公簿上に登載されていること、(3)なお、右私道の南端は必ずしも明らかではないし、本件土地の南方に居住する人達は、他の道路を日常の通行に利用していたことが認められるのであって、右(1)ないし(3)によれば、基準時において右私道が果たして現に一般交通の用に使用されていたもの、したがって、二項道路の要件を充足していたものかどうか、にわかに、即断し難いものがある(しかし、本件でこの点の詮索は無用と思われるので、これ以上の言及は差し控える。)。
そしてまた、《証拠省略》によれば、右私道の東側にはこれに沿って幅約一メートルの国有水路(開渠)が南北に流れていたこと、しかるに、本件申請時において右水路は暗渠となって本件通路に取り込まれた形でその中を流れていたことが認められ、右の事実からすれば、右私道は開設後周囲の状況の変化によって本件通路へとその形状を変じたものと認めることができ、そうすると、右私道と本件通路との同一性に問題があり、右私道が基準時において二項道路の要件を充足していたとしても、本件通路が直ちに二項道路と認定できるか断じ難いものがあるし、また二項道路と認定すべきものであるとしても、右水路(敷)が当然その道路の一部を構成するものとは解されないから、改めてその位置を確定し、水路、隣接地との境界を確定する必要がある。
なお、《証拠省略》によれば、前記仙台市告示は二項道路につき一般的指定をしているだけで個別的、具体的な指定をしていないことが認められるし、《証拠省略》によれば、前記地形図には「昭和四七年一〇月一日都市科学研究会寄贈」とのスタンプが押されていることが認められるから、本件申請当時右地形図が、仙台市建築指導課に備え置かれ、調査資料として利用するに至らなかったものということができる。
4 叙上のところからすれば、本件申請時において、本件通路の二項道路性の認定はその正確な位置を確定し、隣接する土地との境界を確定する作業を伴い、きわめて困難なもので、相当の日数を要するものがあったと推測される。
5 前認定の事実関係からすれば、本件通路の二項道路認定に相当の日数を要するものとした佐藤主事の判断には誤りはなく、したがってまた浅野課長の本件行政指導の前提となった判断にも誤りはないし、また、本件行政指導は、控訴人からの早期確認についての善処方申入れに応える形で、いわば好意的に一般的な方法としてひとつの具体例を示したものに過ぎない。一方、控訴人も早期確認を得るためには浅野課長から示唆された方法によるのが得策であると自ら判断して、渋谷と交渉して隣接地の一部についての使用承諾を得、その権原取得費用として金員を出捐したものということができる。右出捐は、ひっきょう、控訴人が自らの自由な判断に基づいてしたものというべきものであり、本件行政指導が違法なるが故に当然に出捐を余議なくされたものであって被控訴人において損害として賠償すべき筋合のものであるなどとは到底認められない。
よって、控訴人の前記主張は理由がない。
四 よって、控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却すべきものであるところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三井喜彦 裁判官 武藤冬士己 松本朝光)